keimaejimaの日記

リクルートでエンジニアやってますが、ここでは情報社会論的なことを書きます

「若者が消費しなくなった」は本当なのか

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Photo by Yoshikazu Takada

随分前から、「若物は消費しなくなった」という意見をテレビでもネットでもよく目にしますよね。

中学高校の友人とかも含めて、自分の周りの人を見ていても特に節制したりめちゃくちゃ貯金したりしているようには見えないので、これって本当なのかと思って考えてみました。 

 

多様化して、具体的な物質と結びつくことが少なくなっただけ

結論から言うと、若物は消費しなくなったのではなくて、消費行動が多様化して、かつ具体的な「モノ」を買わないようになただけだと僕は思います。

色々な調査をみてみても、確かに貯蓄意識は高まっているようですが、特別若者がお金を使わなくなったという調査結果は見つかりませんでした。

参考:『若者の消費行動にみる日本社会の未来形』、『若者のライフスタイルと消費行動 

ではなぜ「お金を使わなくなった」ように見えるのでしょうか。それには2つ理由があると思います。

一つは、若者のニーズが多様化したことが挙げられます。かつての日本のように、強い勢力を持つ若者文化がなくなってしまい、それぞれが自分の好みに合った消費行動をするため大きな消費の波のようなものが見えにくくなってしまったのです。

たとえば、若者の飲酒離れが叫ばれていますが、それは家飲みをする人が増えたり、他の娯楽に興じる人が増えた結果です。実際は他のことで消費を行っているのですが、若者の飲酒消費習慣のグラフだけを見ると、たしかに若者が消費をしなくなっているように見えるのです。

もう一つは、目に見えるものにお金を使わなくなったということがあげられます。スマホなどを通して売買されるものの中には、形を持たないものが多くあります。 

ゲーム、アプリ、写真、音楽、映画などです。従来の若者が買っていた服や車のように実際の形を持っており、身につけるということができないため若者が消費をしていないように見えるのです。

(質素な服を着た大学生がスマホでめちゃくちゃ課金している、というった例はたくさんありますよね) 

 

若者の消費変化三段階

戦後の若者の消費について考えると、かなり乱暴ではありますが大きく三つの段階に分けられるのかなと思います。

一つ目は、「豊かになるため」に消費をしていた時代です。これは恐らく1960年代くらいまでだと思いますが、冷蔵庫や洗濯機など何でも良いですがとにかく戦後すぐの大変な時代からより豊かになるためにものが消費された時代です。

そして次が、「自己実現」のためにものを消費していた時代です。生活は十分豊かになって、今度は自分を飾ったりより自分らしく生きるために消費が行われた時代です。

糸井重里さんの「欲しいものが欲しいわ」という有名なコピーが作られたのは1988年ですが、ちょうどこの時代を表す言葉だと思います。

要するに、「欲しいもの」に本質的価値、実用的価値は無くて、自分が欲しかったり他人が欲しがったりするから欲しいのだ、ということです。服や車などがよく消費されていたのがこの時代ですね。

そして三つ目が、現代にも続いている時代です。この時代は二つ目の時代の特性を引き継ぎつつ、情報化の進展によって若者に消費されるものが具体的な形を持たなくなった時代です。

まとめると、二つ目の時代から三つ目の時代への移行によって若者の消費が具体的な形を持たなくなり、「若者が消費しなくなった」ように見える、というわけなんですね。

(IoTの普及や、意識の変化によって再び若者が物を中心とした消費や文化生成に回帰するかもしれないと個人的には考えているのですが、長くなるので今回は割愛します。)

 

とりあえず以上っす! 

Photo by Moyan Brenn