keimaejimaの日記

リクルートでエンジニアやってますが、ここでは情報社会論的なことを書きます

これからの「夢」の話をしよう〜新しい夢の持ち方の提案〜

どうも。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

さて、新年最初の文章記事という事でテーマを新年らしく「夢」にしてみました。
日本では新年といえばその一年の目標や夢を決める事が習慣だと思います。

最近、年齢が進むにつれてその「夢」に関連して苦しむ人が周りで増えて来たように感じます。
例えば、人生の目標が見つからずに苦しんでいる人や、なりたい職業、やりたい事が無くて苦しんでいる人が多くなったように感じます。
苦しんでいる人がいる以上は「夢を持つ」という行為と僕らの社会や人格に何らかの齟齬が出て来ていると僕は考えます。
そこで今回は夢を持つとはどういう事なのかについて考えてみようと思います。


【夢ってなんだろう】
「夢」の辞書的な意味は大きく2つに分けられます。
一つは寝た時にみるアレ、そしてもう一つは今回のテーマである目標や願望といった意味の「夢」です。
夢ってなんだかすごくポジティブなイメージがありますよね。
夢に向かって頑張っている人はやっぱり社会的には基本的に尊いものとされますし、輝いて見えます。
夢に向かって生きるという事は才能だったり、財産だったり、能力だったりを増大させていく事ですから、やはりポジティブなイメージが付随するのだと思います。
「現状維持」を夢と呼ぶのはなんだかしっくりきませんよね。
だからこそその「夢」を持てない人が苦しむ事になるのだと思います。


【誰が作った価値観なのか】
さて、ではその「夢」に対する価値観は誰が作ったものなのでしょうか。
昔の日本人にとっては先に述べたような膨張増大を是とする価値規準は一般的では無かったのではないでしょうか。
封建社会においては個人の努力や才能による何らかの膨張増大効果はまず期待できなかった訳ですから、現状維持こそが人々の目標だったのではないでしょうか。
ではその価値観が変わっていったのはいつごろからなのでしょうか。
基本的にそのはじまりは開国、そして明治維新以降だと僕は考えます。
身分制度の崩壊と封建制度の崩壊によって、人々は生活レベルや財産の増大を実感するようになり、またそれを志向する事が是とされるようになっていきました。
その価値観の変容が頂点に達したのが戦後の高度成長だったように思います。
日本人が経済的にも世界的な影響力的にも大きく大きく、外へ外へを目指していた時代ですね。
「最近の若い者は夢が小さくていかん」といった言葉を発する年代の人たちがバリバリ働いていた頃です。
僕は文献や、その年代の方々と直接話してみて、その人たちが現在の一般的な「夢」のイメージを構築したのだと考えています。


【若者の夢は時代によって変わるのか】
僕は戦後の日本において若者の夢は2つのフェイズを経て現在に至っていると考えています。
まず最初のフェイズは50年の朝鮮特需からはじまる高度経済成長期における「若者の夢第一期」です。
この期間の若者の夢は基本的には言うなれば「車が欲しい」「カラーテレビが欲しい」といった物質的なものだったそうです。
まだ物が無く、最低限の生活も保障されていない中で、より自分の生活を豊かにする為に若者達は頑張っていたわけです。
そして次の「若者の夢第二期」はバブル経済の頃に完成します。
当時は学歴社会、年功序列、終身雇用が当たり前でした。
そのような社会の中で若者の夢はある程度の社会的地位まで自分を高めて、その後は日本の経済成長に乗っかって安泰な人生を送る事だったそうです。
このように若者の夢の持ち方というものは時代背景や社会情勢によって刻々と変化していくものなのです。


【今は若者の夢第三期】
現在は「若者の夢第三期」にあたります。
僕は現代は若者にとって大変夢を持ちにくい時代になってしまったと感じています。
日本の経済成長は随分鈍化してしまいました。
GDP世界第二位の座をとうとう中国に明け渡してしまいましたし、1990年以降経済成長率はマイナス成長が多く、良い年でも高度成長期の4分の1程の成長率です。
また、失業率は上昇し続け、自殺者は10年以上3万人を超え続け、非正規雇用社は増え続けています。
そんな社会情勢の中で学歴社会、年功序列、終身雇用制度は崩壊していきました。
そのような状況の中では「若者の夢第二期」のような「社会の波に乗る」夢の持ち方など出来るはずがありません。
しかしかといって、生活や娯楽に困窮している現状があるわけではありません。
携帯、スマートフォンやインターネットなどによって娯楽は常に手元にありますし、食料もありあまっています。
周りの友人に聞くと欲しい「物」はあまり無いという人が多いです。
僕たちの世代は物質的な欲求をモチベーションにしていた「若者の夢第一期」のような夢の持ち方をする事も難しいのです。


【齟齬の正体】
なぜ「夢」を持つ事ができずに苦しんでいる若者がいるのでしょうか。
持たないなら持たないでそれで良いのではないでしょうか。
僕はそのように苦しむ若者がいるのは先に見て来た一期、二期の旧世代が残した夢に対する価値規準が社会状況が変わったにも関わらず僕らの社会に陣取り続けているからだと考えています。
それを示唆するものは日本社会の法、制度、習慣など随所に見られます。
例えば、子どもになるべく大きな目標を持つように教育する事は一期の名残、そして新卒一括採用などは二期の名残だと見る事ができます。
膨張増大を是とする価値規準、そして社会の波に乗る事を是とする価値規準です。
もう日本社会はこの先膨張増大しませんし、そのような社会の波に乗っても夢を叶える事は当然難しいです。
なぜ社会情勢が変化したのに若者の夢の形はそれに合わせて形を変えないのか。
それはきっと未だに一期二期の先輩方が社会のルールを決める立場に多く就いているからだと思います。


【僕はこう考える】
社会情勢が変わっているのに若者が旧世代からの価値観をそのまま受け継いでしまって閉塞感に悩まされている状況。
このままでは大変まずいと思います。
僕らで「夢」の新しい価値規準を作らないといけません。
「シェア」の概念の広がりや「モチベーション3.0」などその価値規準の兆候と言えそうな価値観が最近生まれて来ているように感じます。
もう少しで僕らの時代です。
旧世代の価値観を冷静に見つつ、僕らにとって気持ちの良い社会を作りましょう。

そんな決意で2012年を始めようと思います。
ではでは。