keimaejimaの日記

リクルートでエンジニアやってますが、ここでは情報社会論的なことを書きます

メンターの重要性

『なぜメンターが必要なのか』
最近よくメンターの重要性について考える。
メンターとは、良き助言者、指導者、顧問といった意味で、所謂師匠的な存在の事である。
何か「実現したい事や」、「なりたい自分」が有る時にメンターがいるのといないのとではその精度、スピードなどにかなりの差が出るのではないかと思う。
例えば、「プログラミングが出来るようになりたい」とする。
そうした場合、自分が出来るようになりたプログラミング言語をマスターしているメンターが、いるのといないのでは学習スピードにかなり差が出てくるように思う。
効率的な勉強方や、理解できない部分は自己解決するより人に聞いた方がより早く前に進めるはずだ。
人に聞けば解決する問題を一人で考えこむことは時間の浪費でしかない。
メンターの存在の何より重要な点は「自分が将来するであろう失敗をすでにしている」事、ではないだろうか。
もちろん失敗の経験から学べる事も沢山有るが、失敗はしないにこした事はない。
失敗による自信の喪失によって、目標そのものを諦めてしまう事もあり得る。
何よりメンターの失敗体験を聞かせてもらうだけでも十分学べる事はあるだろう。


『人生におけるメンター』
個々の物事だけではなく「人生」というより大きなスパンにおいても、メンターは重要であるように思う。
そして、10歳くらいで複数人のメンターがいる事がベストだ。
たとえば自分が今20歳だとすると、10代、20代、30代、40代・・・といった具合にメンターがいるのがベストである。
人生を暗闇の中の航海に例えると、10代のメンターは自分の足下を照らしてくれるライト、20代のメンターは船の前方照らすサーチライト、30代のメンターは航海の道筋を決める航海図、40代のメンターは目標地点の目印となる灯台・・・そう例えられる。


『メンターの見つけ方』
さて、そんなメンターだがどのように見つければ良いのか。
メンターを見つける為に必要な事はまず「人を好きになる事」「人を尊敬する事」ではないだろうか。
「この人みたいになりたい」「この人のこういった部分が素敵だ」と感じられるようになる事からメンター探しは始まる。
その人の人格全てを尊敬できなくても良い、良い部分にだけ習えば良いのだ。
そして、メンターは必ずしも年齢が上の存在ではないように思う。
実際自分より年齢は下でも学べる部分を多く持ち、才能豊かな人物は多くいる。
さらに、実際に会った事がある人でなくても良いと思う。
現代はテレビや書籍だけでなく、FacebookTwitterのおかげで、一度も有った事のない人物でも人格のかなり深い部分まで知る事が出来るようになった。
それらツールを活用しつつメンターを探して行くのもありである。


『メンターへの恩返し』
さて、ここまで人生におけるメンターの重要性を書いてきた。
実際これで楽しく毎日を生きられているのなら、メンター様々であるが、お世話になっているメンターにはどのように恩返しをして行けば良いのか。
私は大きく二点「人生を楽しめるように努力する事」「メンターから教わった事を次世代に伝える事」が恩返しになると考えている。
一点目の「人生を楽しめるように努力する事」とは、メンターに示してもらった道筋によってより理想とする自分に近づけるように努力する事である。
人は誰しも創造したい世界観というものをもっている。
自分がある人物をメンターに選んだという事は、大なり小なりその人物と自分が理想とする世界観に共通項が有るからではないだろうか。
自分がその世界観を追求してい事は、きっとメンターの理想の達成にもつながってくるはずだ。
それがきっとメンターへの恩返しになるはずだ。
そして二点目の「メンターから教わった事を次世代に伝える事」。
これは本当に重要な事だと思う。
メンターが持っている、知識、経験、世界観などはきっとメンター自身のメンターから大きな影響を受けて形づくられてきたものなのだろう。
自分の知識、経験、失敗談、世界観を次世代に伝える事、それは自分自身はもちろん、自分のメンターが理想とする世界観を達成する為の強力な手段なのだ。
そうやって伝達は繰り返されてきたのだろう。
そして今後も繰り返されていくのだろう。